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胸中

Excit<旧日本兵>比で生存 男性2人、大使館員に面会求める在フィリピン日本大使館は26日、フィリピン南部ミンダナオ島で旧日本兵と思われる80代の男性2人が大使館員との面会を求めてきたと明らかにした。大使館員が27日朝、現地入りした。午後に同島ジェネラルサントス市内のホテルで2人と面会する。

 男性2人は、山川吉雄さん(87)=大阪市西区出身=と中内統喜さん(85)=高知県明治村(現・越知町)出身=とみられる。大使館関係者によると、面会要求の情報はミンダナオ島在住の別の日本人から大使館に提供された。2人は同市に近い山中に暮らし、日本兵だったことを示すものを所持しているという。

 2人が所属していた旧陸軍30師団の戦友会「豹(ひょう)の会」代表の市川豪弌さん(90)=東大阪市=や、同国やニューギニアなど南方地域で遺骨収集をしている慰霊事業協力団体連合会の寺嶋芳彦会長(86)=埼玉県川口市=が、情報を得て救出活動を続けていた。

 寺嶋会長によると、昨年8月、長崎県内の男性から「ミンダナオ島で材木商を営む妻が、反政府ゲリラと共生している旧日本兵を見た」との連絡を受けた。同12月に寺嶋さんらがゲリラと接触。情報提供してきた男性の妻にも話を聞き、山川さんと中内さんが島南部の密林地帯で生活していると判断したという。

 また他に、同師団の野戦病院にいた桜井令一さん(93)も、島北部で生活しているという。

 このため寺嶋会長は、日本とフィリピンの両国間の交渉が必要とみて豹の会の市川さんに連絡。市川さんは今年2月、厚生労働省に対し、3人を救出するよう嘆願書を出していた。

 同師団は1944(昭和19)年に同島に上陸。連合国軍の追撃で、島中央部のジャングルへの敗走を余儀なくされた。3人の家族には戦死公報も届いている。【ジェネラルサントス(フィリピン・ミンダナオ島)大澤文護、平川哲也】

 【ことば】第30師団 1943年5月に日本が統治していた北朝鮮の平壌で編成された。総員約1万5000人。フィリピン・ミンダナオ島の防衛に派遣され、45年3月以降、上陸する米軍や島内の抗日ゲリラと戦闘を繰り広げた。戦闘のほか、食料不足や密林地帯での伝染病感染で45年8月の終戦時の生存者は約3000人とされる。太平洋戦争中、フィリピンでは同島より北のルソン島で日米両軍の主力が大規模な戦闘を行った。


今年の2月に嘆願書そして今頃 ニュースに。。
しかし一刻も早く救出をと言い難い

こんな日本になってしまったのを見せても良いのだろうか
命をかけて戦った人たちに
そりゃぁ街並みや技術の進歩はしている
しかし人間は・・・

もしかしたら現地でそっとしてあげておくのも一考なのかもしれない。
今まで長生きできたのだから

もちろん、旧日本兵が望むなら日本政府より温かい支援を送らなければいけないのは当然だ。
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by neti | 2005-05-27 12:40 | 時事